ミティラー美術館、および NPO法人日印交流を盛り上げる会は
日印の文化交流に関して様々な活動を展開しています。 |
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【 ↓2005年/ヒマーチャルプラデーシュ舞踊公演の記録↓】 |
ヒマーチャルプラデーシュ舞踊公演 平成17年6月 |
NPO日印交流を盛り上げる会では、インド文化庁から派遣されるヒマーチャルプラデーシュ州舞踊公演を行いました。これは、この舞踊団が「愛・地球博」だけで帰るのはもったいないという事で、多くの関係者の協力により、実現したものです。 ヒマーチャルプラデーシュは「万年雪の地」という意味の言葉で、北インド・ヒマラヤ山麓にあり、自然の要塞によって外部との交流が困難なゆえに伝統文化が今日まで保存され受け継がれてきました。今後日本初公開となった舞踊公演の詳細も掲載していきたいともいます。 |
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■ヒマーチャル舞踊団■
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ヒマーチャル舞踊団は、伝統文化が現代まで受け継がれているSirmour 地域の若者によって構成されています。この地域は自然の要塞によって外部との接触が困難なゆえに伝統文化が今日まで、世代から世代へと受け継がれてきました。 |
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■舞踊演目■
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◆プージャ(儀礼)の踊り ヒマーチャルでは、シヴァ神はシルグル、マハシゥ、マハシヴなどのいろいろな呼び名で信仰されています。ここではシルグル・デーヴタという呼び名でシヴァ神を拝みます。 この踊りは、頭に小さな水壺と、燃料としてバターの油を使っているDeapak をのせている女性によって踊られるもの。寺院の境内に入ると、伝統的な楽器にあわせて吟じられる歌にあわせて女性たちは踊ります。踊っている間、頭に載せた水壺、その上にDeapakを乗せ、踊りながら地面にあるハンカチを神に挨拶をして取り上げます。この踊りでは、バランスが大変要求されます。 |
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◆フォークソング この歌は、ラブロマンスの歌。1人の青年が大変美しい2人の姉妹から愛されました。彼は2人と同時に結婚したかった。姉の方と結婚して、妹をさらうことでこれを解決しようと決めました。 |
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◆プラット・ヌリトゥヤ 海抜8000メートルの高地では、冬季深い雪のために屋外での活動は難しくなります。人々は家の中で踊りを楽しみます。ダンサーは一本の指で、プラッツと呼ばれる大きな皿を支え、それをヴィシュヌ神がチャクラを扱うように、回転させたり、他のダンサーに投げたりします。 |
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◆パドゥアン(Padhuan;Gigha) この踊りは、シヴァリク地方で広く踊られています。結婚式の行われる花嫁の家に向けて一行が出かけ、結婚式が行われる間、残っている女性たちはその夜一晩中踊るもの。年齢を問わず、若い人も、年老いた人も皆が参加して踊ります。 |
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◆ フォークソング この歌は、人間と自然との切り離せない関係を歌っています。山に住む人々は、世代から世代に、自然と調和した生き方を伝統として伝えています。 1人の年配の女性が、ペットの鳥(bulbul)ナイチンゲールを飼っていました。この鳥のことをこの地方ではペンジャと呼びます。ある日彼女が家に戻ると鳥のチーチーとさえずる音が聞こえない。心配して夫に鳥はどうしたのかと尋ねました。歌詞では、鳥をめぐる2人の間の悲しい会話が記されています。夫は鳥のことを全く気にしていない。彼は、鳥を殺す人といった異なるタイプの人間の名前が付けられています。女性は嘆き悲しみます。Hurakあるいは太鼓のビートは悲しみの雰囲気を表現します。 |
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◆マラ・ヌリトゥヤ(ナッティ) この踊りは高原の地域で踊られるものです。ダンサーはお互いに手を繋いで円を作ります。これは、ディワリ、マカナ・サンクランティ、バイサークといった吉兆な祀りの前、何週間にもわたり、夕方から夜明けまで、忘我の境地で踊られるものです。社会的なカースト、男女の別なく、どんな人も参加する、大変ポピュラーな、興味深い踊り。 |
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◆ ジュリ ヒマーチャルの低地での歌で、離れて暮らす恋人が、愛の気持ちをメロディーに載せて、渓谷や岩の切り立つ丘を越えて伝え、愛の成就を彼らは感じ取るというもの。 |
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◆ コビア ディワリの時に、ヴェーダの神々に関する物語を語り、それを通して山に住む人々の神々への信仰を深めようというもの。この語りは、夜の間中行われます。語りの間に、コビアの踊りと歌が、1人または全員で供されます。 |
■来日した舞踊団■
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■公演日程表■
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NPO日印交流を盛り上げる会主催の公演スケジュール
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■チラシ■
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*こちらは関東公演のチラシイメージです*
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